スウェーデンの中学の社会の教科書

中国新聞を見て、面白そうなので買ってきた。

あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書

あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書

けっこう古い本なのだが、知ったのは初めてだ。巷では、皇太子がこの本の中の詩を引用したことで知られているらしいが、けっこう売れた子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫) で知られた詩なのに、この本が取りざたされているのは理解に苦しむ。

この本、とにかく考え方が面白い。日本の公民の教科書については過去記事(http://d.hatena.ne.jp/sakidatsumono/20041202#p2)で触れているので省略するが、それと比べると知識量は乏しい代わりに、何といきいきとしていることか。

最初は法律の話から始まる。ちょろっと総論があり、「君たちは子どもなのでこれこれの権利や責任がないが、何歳になったら○○できる」という話になる。未成年に暴行されて障害の残った青年の話を例に取り、逮捕手続きや裁判の手続き、未成年の権利について詳しく書かれる。興味深いのは、議論を呼ぶテーマについては各論が紹介され、どう思うか考えさせる点にある。それらの多くは、正解と言える回答がない議論ではある。例えば「ビールは18歳から飲めるがワインは20歳にならないと飲めない。これは妥当か否か」。

随所に個人の責任を問う記述が見られる点も興味深い。例えば、どういう子がグレるのか、いろんな意見が紹介される。親が悪い、共働きが悪い、学校が悪い、世間が悪い等。しかし最後にピシャリと締めくくる。環境と非行には相関関係があるが、悪い環境に育ったすべての子が非行に走るわけではない、と。また、警官の不祥事はしばしば報道されるが、警官全部が不祥事を起こすわけではなく、14000人も警官がいれば不祥事がゼロになるわけではない、と。

経済の話は、需要供給曲線すら出てこないが、家計の話はこと細かく出てくる。三つの家庭の家計の内訳が示され、「所得が大幅に違っても児童手当が同額なのは適切か?」などと国の政策に異議を問う問題があるなど面白い。コミューン(日本の市町村に相当)の話は相当詳しく書かれている一方、国の話はほとんどないのは衝撃的。保育園について「保育園に入れるなんて宝くじに当たったようなもの*1なのに、そこに税金が大量投入されるなんて不公平だ」「保育園はいいところだ」「いいや保育園はひどいところだ」「保育園なんて育児放棄をした母親が子どもを預けるところだ」などと、やたらリアルな議論が紹介されている点も興味深い。とにかくスウェーデンと言えば進んでいるのだ的論調が日本のあちこちで見られる*2が、福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓 (中公新書) を読んでもわかるけど、どろどろの議論のバランスの上に、高負担・高福祉社会が成立していることが垣間見られる。

高福祉高負担の国ならではなのかもしれないが、社会福祉に関して一章設けてあり、失業保険から年金まで、それぞれの制度について詳しく書かれてある。だが最も注目すべき点は、それらにはどれだけコストがかさむか、またそれらの制度が最も基本とすべき自助や共助の力を奪っていないか、絶えず問われなければならないと記述されている点にある。

それにしてもこの教科書を読んで、「あ、年金制度が古い!」「保育制度が今のと違う!」とついついチェックを入れてしまうのも、悲しい習性かもしれない。

*1:この教科書には書いていないが、スウェーデンの待機児童問題は日本よりも深刻だ。

*2:知人は「あれを見ていると『モスクワには蝿がいない』といわれていた頃を思い出す」と言っていた